るくinV(「君が笑って生きていたのなら」試し読みバージョン)※※序:METEOR月明かりを頼りに、
一人の青年が家路を急ぐでもなく、のんびりと歩いていた。
夜の闇のように黒い髪、
身に纏う服も、殆ど黒一色の青年。
「おーい、ユーリ、今帰りかー?」
下町の知り合いに声をかけられ、片手を上げて応える。
「あんま女を泣かせんじゃねぇぞ、色男」
「うっせー、勝手に言ってろ」
青年の名は、ユーリ・ローウェル。
下町である意味有名なユーリは、
こうして歩いていれば、多くの知り合いに声をかけられる。
元は騎士であり、見目も良い方だが、
今は(騎士団から見れば)下町のゴロツキの一人だ。
ユーリ本人にその自覚がありながらも、
素行を改める気がないのだから、
騎士である友人などは、事ある毎に彼に文句を言っている。
「……何だ?」
左腕につけた武醒魔導器が光を発したかと思うと、
暫く明滅を繰り返した。
壊れたか?とユーリは一瞬焦ったが、
光が収まった後は何事もなかったかのように静かになる。
「……?」
何か予感のようなものがした、と言った所なのかもしれない。
ユーリは不意に感じた予感に従い、夜空を見上げた。
「何だありゃ…!?」
見えたのは、ほんの一瞬。
赤いほうき星が、遠くの丘の向こうに落ちたようだ。
「…すげぇな」
驚いたのは確かだが、
それ以上の感想を、ユーリは持たなかった。
遠くの丘の向こうは、結界の外。
ユーリには、関係のない世界の話だ。
少なくともユーリ自身はそう思っていた。この時は。
腕につけた魔導器に異常がないかどうか再度確認した後、
「…早くうちに戻って寝るとするか」
などと呟いて、静けさを取り戻した夜道を歩き始めた。
翌朝、
深夜の流星の件で、
騎士団が騒がしかったらしいと噂には聞いたが、
「ご苦労様なこった」とだけ噂話に応えた後、
何か甘い物が食べたいと、さっさと思考を切り換えた。
ユーリの運命を大きく動かす星が、世界に投げ入れられた。
その事に気付く者など、誰一人としていなかったが。
※※※※※※※第1話:SHINE流星が落ちた影響だったのかは定かではないが、
下町の水道魔導器が壊れたのは、一ヶ月前。
皆でなけなしの金をかき集めて修理に出した…筈が、
再び壊れてしまい、
修理を請け負った魔導士…、
しかもユーリの嫌いな貴族の屋敷に不法侵入した所、
騎士団に捕縛され、城の地下牢に投げ込まれたのが、今朝。
隣の牢にいた怪しいおっさんと言葉をかわし、
釈放されたおっさんから牢屋の鍵を貰ったのが、少し前。
鍵を使って脱獄し、警備中の騎士を昏倒させたのが、直前。
そして、今。
ユーリは、女神像の足元に倒れている子供を見つけ、
どうしたもんかね、と呟いていた。
僅かに子供の肩が上下している様子を見れば、
死んでいないという事だけは分かる。
今まで見た事もない夕陽に似た朱色の長い髪。
毛先は朱の色が透けて、金色に輝いて見えた。
その不思議な色合いを例えるならば、焔。
一目見て騎士ではないと思っていたが、一体何者なのか。
近寄って、子供の着ている服に触れれば、
触り心地だけで、それが貴族の服のように上質のものだと分かる。
「貴族の子供が、なんで、こんな所に…?」
そう呟いた瞬間、
不意に沸き上がる嫌悪感に、ユーリは眉をひそめた。
下町の皆を虐げる貴族の横暴さには、
毎度の事ながら、怒りしか沸かない。
子供に罪はないが、
それでも、自然と沸き上がる嫌悪感は抑え難かった。
顔を隠していた前髪を指先で払えば、
端正な顔が明かになり、ユーリは思わず息をのむ。
子供の寝顔は、幼子のようにあどけなかった。
ユーリが目を離せないでいると、
子供の瞼が僅かに痙攣し、眉がひそめられる。
「…ん……」
目が覚めたか? ここで騒がれたら少々やっかいだな。
そんな事を考えながらユーリが子供の動きを観察していると、
ゆっくりと子供の瞼が上がり、
隠されていた翡翠色の瞳が、現れた。
虚ろな子供の視線に捕らえられ、ユーリは言葉を失う。
「…、……、……」
「何だって?」
子供の声が聞き取れずユーリが顔を近付けると、
すがるように延ばされた手に、捕まった。
「…ここ、から…出し…て……、」
「おい…?」
「……帰…り、たい…」
ここから出して? 帰りたい?
ユーリは、その言葉を頭の中で反芻する。
もしかして、城に捕らえられてるのか?
こんな子供が? しかも貴族の…?
疑問は解消できなかったが、
悠長に考えている時間はない。
しかも、このまま放っていく事は出来ないと思うと、
する事は一つだった。
「おいっ、ここから本当に出たいなら、起きろ」
軽く頬を叩いてやると、
「…んぁ?」
ようやく意識がハッキリしてきたのか、
子供は起き上がって、戸惑いを残したままユーリを見上げる。
「……だ、誰だ? 騎士…じゃねぇよな…?」
「俺は、…まぁ、脱獄囚と言った所か?」
「脱獄…? お前、罪人なのか?」
子供の直球な質問に、ユーリは思わず苦笑した。
「それより、お前は、どうしたい?
俺はここから脱獄するつもりだが?」
「お、俺もここから出たいっ! 一緒に連れて行ってくれ!!」
迷う事なく即答した子供の必死な表情を見て、
やはり何かあるな、とユーリは一瞬だけ考えたが、
それを問い質す気はなかった。
「…いいぜ。旅は道連れって言うしな。
ただし、自分の身は自分で守れよ? 戦えるんだろ?」
ユーリの視線が、
子供の腰にある横一文字に佩かれた剣へと動く。
「…あぁ、分かってる!」
子供は確かに頷いて剣の柄を握り締めた。
それを見てユーリは苦笑を深め、
ぽんぽん、と少年の頭を軽く叩く。
「ま、出来る限りフォローはしてやるから、そう力むな」
「へ…? あ、う、うん…」
何故か戸惑うように応える子供を見て、
ユーリは思わず眉をひそめたが、
まぁ、いいか。とさっさと思考を切り換えた。
「じゃあ、行くとしますか」
手を貸すと、子供は僅かにふらつきながらも立ち上がる。
おいおい大丈夫かよ、とユーリは思ったが、
しっかりと立った子供の様子を確認した時、
階上から言い争う声が聞こえ、顔を上げた。
「ったく、次から次へと、飽きさせてくれねぇな…!」
どこか楽しそうな音を含んだ声に、
ユーリ自身驚きながらも、
「他にも捕まってるヤツがいるなら助けねぇと!」
朱毛の少年の言葉に頷いた。
直ぐさま少年が駆け出す。
なんだ、思ったよりも元気だな。
などとユーリは追いかけながら考えていたが、
ふと、ある事に気付いて、
階段を勢い良く駆け上がる少年に声をかけた。
「俺はユーリ・ローウェルってんだ。お前さん、名前は?」
「俺は、ルーク!」
少年は視線をユーリのいる背後に向ける。
「ルーク・フォン・ファブレだ! よろしくな、ユーリ!」
御大層なお名前で。
…と心の中だけで呟いて。
太陽のように明るく笑う少年の顔から視線を反らし、
いつの間にか最初に覚えた嫌悪感が消えている事に、
ユーリは内心、驚いていた。
運命の星が、軌道を変え、大きく動き始めた瞬間だった。
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以上、試し読みバージョンでした(笑)
ご覧頂きまして、誠にありがとうございました!PR